馬籠宿の観光の際のお食事、軽食、お土産は馬籠館へお越しください。駐車場完備。

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木曽路の城
2015年09月12日

うんざりする程の長雨が降った後、久しぶりの初秋の太陽は嬉しく感じます。

稲穂は黄金色の穂を実らせ、刈り取られるのを静かに待っています。

涼しくなって散策日和になりましたが、馬籠宿を訪れる多くの国内外の団体様、個人のお客様の数が少しずつ増えているのを感じます。

江戸時代もやはり夏が終わり秋になると。姫街道と呼ばれた中山道を通り、姫君達の婚礼の行列の数が増え、盛んに行き交っていた様です。

 

さて、これから季節の深まりと共に楽しむ秋旅のお題は?となると「紅葉」ですが、そんな「秋の散りゆくもの」「散りゆく景色」と相性が良いのは、やはり「サムライ」だと思います。

戦国時代や江戸の武士道の精神の究極の先には「命がけ」で何かを全うする、主君を守る、家を守る、といった事に体を投げ出して立ち向かった・・・そんな場面にいつ何時出会うやもしれぬ・・そんなその時の為に常日ごろから鍛錬を怠らない・・・いつ命を散らすやもしれぬ・・・・それが深く根底にあったが故に、「かっこいい」の裏側に常に影の様にあった「その時」を感じさせる「サムライ」は「散りゆくもの」と共にあるとより深く「日本の美」を感じるのかもしれません。

 

そんなサムライ達が活躍した舞台といえば「お城」です。

城跡に立つと、サムライ達の諸行無常を思い、より一層深く想像を掻き立てます。

馬籠宿にも戦国時代に築かれた馬籠城跡の遺構があり、現在は築山だけが残る山城遺構です。

その他馬籠宿の近く、岐阜県東濃地方には沢山の城跡、砦跡、陣屋跡があります。

また、国指定史跡「苗木城跡」は馬籠宿から車で30分程の中津川市内にあり、岐阜県指定史跡「岩村城と城下町」は車で1時間程の距離の恵那市内にあります。

どちらも、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、武田信玄、森蘭丸、といった戦国時代のサムライの大スター達の国取物語の縁の地です。

 

さて、それでは木曽路にはどのぐらいの城等の遺構があるか?というと不思議な事に馬籠城以外では「妻籠城」「木曽福島城」の2箇所のみの様です。

木曽路には武士の時代前の貴族の時代の「荘園跡」は多数記録に残っています。

しかし江戸時代前の戦国時代はまだ馬籠〜湯舟沢〜霧が原〜富士見台高原〜阿智〜飯田が国の主要街道「東山道」であった為、理由は定かでありませんが木曽路には城が築かれなかったのかもしれません。

 

中山道木曽路は戦国時代が終わり、世の中が落ち着き始めた江戸時代始めに徳川家康によって通され、そして馬籠宿が開かれました。

そして江戸と京都、そしてお伊勢詣り等の寺社への詣への旅で賑わう国の主要街道となりました。

平和な時代だからこそできる「観光」。それは今も昔も変わらない様です。

現在、木曽路馬籠宿には世界各国の様々な国の多くの個人旅行者の方、そしてアジアからは多くの団体客の方に散策を楽しみにお越し頂いています。

その光景を日々目にする都度、日本を代表する文豪、島崎藤村が生前に大きく掲げていた「馬籠は世界的な観光地になりうる」と述べていた事が現実となりつつある事を感じています。

 

馬籠宿にお越しの際は、どうぞお気軽に馬籠館の「そば処まごめや」「茶房籠」「本館・別館」「清水屋」にお立ち寄り下さい。

皆様の木曽路へのお越しをお待ち致しております。

 

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