馬籠宿の観光の際のお食事、軽食、お土産は馬籠館へお越しください。駐車場完備。

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歴史
2014年03月04日

中仙道が江戸幕府によって整備されてから400年もの時間が過ぎています。

江戸時代の馬籠宿の様子は絵師達によって書き留められた当時の様子から「こんな感じだったのかな』」と想像をしてみます。

NHKの番組で時々昔の時代に描かれた絵から当時の様子を復元して動く映像を放映する事がありますが、あれの中仙道バージョンを見てみたいな。といつも思います。

 

さしずめ江戸時代の馬籠宿を復元すると・・・遠景は・・・浮世絵に描かれた恵那山で季節は初秋でしょうか。

その絵の中に描かれている旅人が馬籠宿の入り口にさしかかり、これから超える峠を見上げると、街道は坂道の土が雨で流れ落ちてしまわない様にどころどころ丸太で土止めがしてあります。

街道沿いの家の多くは木で葺いた屋根が大風に飛ばされない様にいくつもの大きな石で重しがしてあります。

道幅は現在よりも随分狭く、そして用水路も細く、そこを旅人が先を急いでいます。

 

と、そこへ、どやどやと大きな荷物を積んだ牛が馬籠の運搬を一手に引き受けている牛方に引かれて坂を登ってきました。

牛方達は馬籠宿の先の馬籠峠の辺りに多く住んでいて、彼ら無くしては急峻な坂道に沢山の荷を上げる事はできません。

足は速いが力は牛に負ける馬達は馬籠宿の坂道にさしかかる手前の所の厩舎で。下りの帰り道の荷を積んでいます。

 

大名の一行が宿泊しているのでしょうか、本陣のあたりは侍が出入りしています。

なにやら神妙な顔つきで高札場に掲げられていた江戸からのお達しについて声を低くして話あっています・・・・

 

こんな感じで中仙道のそれぞれの宿場町を代表する語り継がれてきた物語をアーカイブできたら、旅行者の皆さんを更に江戸時代へのタイムスリップにお連れで来たらいいな、と思います。

 

時代考証は時間や手間をかけてひとつづつ掘り起こす作業になります。

それは、時代劇の台本を書き上げてゆく様な作業です。

江戸時代の首都としての江戸の様子とは異なり、江戸時代の一地方の考証となると手間のかかり方はなおさらです。

 

江戸の終焉時期から明治、大正、昭和にかけての中仙道や馬籠宿の様子については、島崎藤村が作品の中で多くを描写していますが、江戸初期、中頃となるとぐっと参考文献の数は減ります。

これからも中仙道について地元の諸先輩方から多くの歴史について貴重なお話をお伺いしたいと思っております。

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